le voyage en israel
イスラエル旅行

3月12日から16日まで、イスラエルに行ってきた。
8年以上前に日本で知り合ったイスラエル人の友達を訪ねた。 ちょうど私がフランスに来た頃、彼らもイスラエルに帰り二人の子供が生まれた。
お互い忙しくてあまり連絡できずにいたが、急に思い立ってイスラエルに行くことに決めた。 寝ても覚めてもイスラエルに関するニュースがない時はないけど、イスラエルが平和になるときを 待っていたら、いつになるかわからない。ぴーたに「一緒に行く?」と聞いたら「いく」という。 すぐに航空券をとった。
12日(水)、ジュネーヴからパリ、パリからテルアヴィブへ飛行機を乗り継ぎ、テルアヴィブについたのは12日の深夜。 イノンが空港まで迎えに来てくれて、ほぼ5年ぶりの再会。

彼らの家はテルアヴィブの空港から北へ車で80分、ヨルダン川西岸地区からそう遠くない場所にある。 パレスチナ自治区に近いため、町の周りはフェンスで囲まれていて、主要道路の鉄扉は携帯電話から登録番号を押すことで 開く仕組みになっている。ヨルダン川西岸に近い町はたいてい同じような仕組みになっているそうだ。
家についたのが13日の2時頃。「この部屋がこの家の中で一番安全」という部屋で眠らせてもらった。 なるほど、扉は鉄で重くて、窓が小さい。ここから600mと離れていない場所で、パレスチナ人に襲撃されたという家の 話はあとから聞いた。朝、子供たちの声で目が覚める。
  
子供は4歳の男の子と2歳の女の子。男の子がぴーたと私のためにオレンジジュースを作ってくれた。 絞りたてのオレンジジュースだ。ここにはフルーツも野菜も豊富にある。灌漑がさかんで、オリーブ畑や ハーブの畑が一面に広がっている。グレープフルーツもそこらじゅうになっている。豊かな国、それが 第一印象だ。ちょうど2週間前に花が満開だったそうだが、それでもまだあちこちに花が咲いていた。 そして既に夏を思わせる新芽の緑が青々としてた。6月頃から、あたりは茶色く乾燥し、砂漠の色合いが 濃くなるそうだ。この日、キリストが山のてっぺんからとびおりて、そこから数十キロも離れている湖に飛び込んだ という山や、キリストがtransformしたという場所をハイキング。
  
丘の上からはキブツが見渡せる。ヨルダンやシリアもすぐそこだ。こうしているととても平和で、ここから数十キロ しかはなれていないところで人が争い、亡くなっているなんて思えないぐらい平和だった。 イスラエルでも当然ユダヤ人居住区と、パレスチナ人(アラブ人)居住区が分かれている。家のつくりが少し違う程度で、 そうといわれなければ私は気づかないだろう。
道路のサインは全てヘブライ語、アラビア語、英語で書かれている。 誰もが3ヶ国語を操れるわけではなく、学校でお互いがお互いの言葉を習うということもないようで、 ユダヤ人でアラビア語を話せる人は少ないそうだ。さらに、最近多いロシアからの移民はほとんどヘブライ語を 話せないという。それでは同じユダヤ人同士でも争いが起こって当然だろうと思う。  

お昼に行ったレストランはサハラという名のアラビア料理の店だった。料理にはレモン汁やオリーブオイルが 多く使われている。肉はやっぱり羊だ。レモンが強すぎるサラダ以外はとてもおいしかった。 食後にアラビアンスィートを食べた。これがまたおいしくて、いくつも食べた。洋菓子と和菓子を 足して2で割ったようなそんなお菓子だ。フランスに住んでるアラブ人のお店でも売ってるかもしれないなと 思いながら味わって食べた。
午後、近所を散歩しながら、翌日のバイクライドに備えて自転車を借りに行く。近所づきあいが 盛んなようで、誰もが顔見知りという具合だ。ちょうど私が生まれて育った頃の田舎のようだ。
14日、天気はいまいちだったが、マウンテンバイクに乗る。畑の間を延々と走る。こうして 周りを見れば見るほど美しい国だと感じずにはいられない。
自転車にまたがればこの平らな土地で数十キロなんてあっという間に走ってしまう。しかしそこから 先にはいけない。それより先には行こうとも思わなければ、近寄りたいとも思わない場所だそうだ。
金曜日の夕方は家族と過ごし、この日、ミハルの家族と一緒に食事した。お父さんが頭に 小さい帽子をちょこんとのせてバイブルを読んでいた。ろうそくに火をともし、みんなが歌を歌い始めた時 自分だけは異空間にいるという気がした。

15日快晴。パレスチナ自治区が見渡せる丘の上で60人の友達をよんで、二人の子供の誕生日 パーティをした。私は60人分のまき寿司とおにぎりを作った。ここで、いろんな人と話をしたけど、 みんなオープンマインドで、気持ちよく話しができる人たちばかりだった。あたりまえだけど、 一部の過激派を除いては、平和を望んでいる人がほとんどなんだと思った。

16日朝、タクシーに乗って空港へ。飛行機がテルアヴィウを発ち、パリに到着したときは 本当にほっとした。3日間、友達が普段平和に暮らしている場所で、充実した 楽しく和やかな時間を過ごした。 でも、心のどこかでいつも緊張していた。それは私がイスラエルのことを良く知らないからだろうか? イスラエルに住んでいる人たちが、私のように毎日緊張して過ごしているはずはないし、過ごせるわけがない。 彼らはうまくやりすごしているんだろう。
短期間でいろんなことを学んだ。何よりも、友達が愛するイスラエルを、ほんの少しでもこの目でみることが できてよかった。
いつか、町を囲む、あのバリケードがなくなる日がくるのだろうか?あの、主要道路を封鎖する鉄の扉が なくなる日がくるのだろうか?もちろん、そう、願いたい。 (2008.3.27)

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